今や世界の共通語となった「MANGA」。その源流のひとつが、江戸時代の絵師・葛飾北斎が描いた『北斎漫画』です。けれどページをめくってみると、「あれ? 思っていた漫画とちょっと違う?」と感じるかもしれません。
では、なぜ北斎はこの作品を「漫画」と名付けたのでしょうか。そして現代の日本の漫画とは、どのような共通点や違いがあるのでしょうか。
本記事では、『北斎漫画』の「漫画」の由来や、日本漫画史における位置づけを紹介しながら、実際の作品を手がかりに、その魅力と“マンガらしさ”に迫ります。
『北斎漫画』はどんな作品?
『北斎漫画』は、どのような作品なのでしょうか。
まずは基本情報を押さえたうえで、作品の全体像をつかめるように、全十五編の刊行時期や内容を一覧で紹介します。あわせて、晩年の代表作『冨嶽三十六景』へとつながる北斎の歩みも見ていきます。
葛飾北斎の異色作 ―『北斎漫画』の基本情報
『北斎漫画』は、浮世絵師の葛飾北斎が描いた代表作の一つです。
文化11(1814)年に1冊完結の絵手本(絵師の手習い本)として刊行されましたが、北斎ならではの観察眼で表現豊かに描かれた絵の数々は広く庶民からも人気を集め、明治11(1878)年まで64年にわたって全十五編が刊行されました。

出典:『北斎漫画』1~15編,国立国会図書館
収録されている絵は、人物や動植物、建築や風景など、江戸時代のさまざまな日常の場面から、動的な表現やユーモアあふれる諷刺や戯画まで、約3900点におよびます。

出典:『北斎漫画』1~15編,国立国会図書館
江戸時代の木版本から復刻版や印刷本へと時代を超えて受け継がれ、日本にとどまらず海外でも多くの絵師に影響を与えてきました。初版の刊行から200年以上にわたり、多くの人に愛され続けているとても珍しい大ロングセラーの画集です。
刊行の歩み ―『北斎漫画』全十五編を一覧で紹介
では、『北斎漫画』はどのようにして世に出たのでしょうか。
北斎は長年、本の挿絵を数多く手がけていました。ある時その仕事がひと区切りすると、江戸から西へ向かって旅に出ます。
その帰りに名古屋の門人・牧墨僊の宅に滞在しながら、門人たちへの絵手本として300点以上のスケッチを描きます。これをまとめたものが文化11(1814)年の初編であり、以後は庶民にも広く受け入れられてシリーズ化していきます。
『北斎漫画』全十五編の概要
こちらの表では、全十五編の刊行年と主な内容を整理しました。北斎がそのとき何歳だったかもあわせて見ることで、作品の変遷や画風の発展がより鮮明に浮かび上がります。
| 編/初版刊行年 | 北斎の年齢(満年齢/数え年) | 内容(絵) |
| 初編/文化11(1814)年 | 満54歳頃/数え55歳頃 | 人物、生き物、樹木・草花、自然、民家、橋など |
| 二編/文化12(1815)年 | 満55歳頃/数え56歳頃 | 人物(古代中国含む)、お面、器、風景要素、動植物など |
| 三編/文化12(1815)年 | 満55歳頃/数え56歳頃 | 神様、日常の場面や動作、自然、動植物など |
| 四編/文化13(1816)年 | 満56歳頃/数え57歳頃 | 伝説上の人物、草花、鳥、風景、十二支の動物など |
| 五編/文化13(1816)年 | 満56歳頃/数え57歳頃 | 寺社建築、神様、歴史上の人物 |
| 六編/文化14(1817)年 | 満57歳頃/数え58歳頃 | 武術を中心とした動作 |
| 七編/文化14(1817)年 | 満57歳頃/数え58歳頃 | 日本各地の名所や風景 |
| 八編/文政元(1818)年 | 満58歳頃/数え59歳頃 | 人相や身体の動き、養蚕機器や建築機器などの機材、二十四孝、江戸や地方の風景など |
| 九編/文政2(1819)年 | 満59歳頃/数え60歳頃 | 合戦の様子(準備から戦まで)、和漢の人物、情婦など |
| 十編/文政2(1819)年 | 満59歳頃/数え60歳頃 | 歴史上の人物(日蓮、小野小町、武蔵坊弁慶など)、老子を始めとした中国の歴史的偉人、怪談、亡霊、仙人など |
| 十一編/不明:文政期か天保初期 | 不明 | 相撲取りやお座敷遊びの様子、さまざまな占い、銃などさまざまな武器を使用した狩猟や猛獣退治の様子など |
| 十二編/天保5(1834)年 | 満74歳頃/数え75歳頃 | 曲芸、天狗やろくろ首などの妖怪変化、庶民文化など |
| 十三編/嘉永2(1849)年 | 満88歳頃/数え90歳頃 | 風景、庶民の生活、珍獣(像、虎、ラクダ)など |
| 十四編/不明 | 没後 | 風景、さまざまな動物(猫、犬、家畜系)など |
| 十五編/明治11(1878)年 | 没後29年 | 野生の動物、植物、魚介類、金太郎他伝説や物語など |
ちなみに、北斎が70代で手がけた代表作『冨嶽三十六景』(1831〜34年刊行)は、『北斎漫画』の十一編から十二編にかけてと刊行時期が重なります。『北斎漫画』で積み重ねた観察眼や構図の工夫が、『冨嶽三十六景』にも生かされていると考えられます。
そして『北斎漫画』は十三編まで刊行されたところで、嘉永2(1849)年に北斎は90歳(満88歳、数え年で90歳)で亡くなりました。その後は版元や門人たちの尽力によって、十四編と十五編が時間をかけて世に出されています。
各1編(1冊)は、それぞれ三十数ページほどです。しかし見開き1ページの中にぎっしりとさまざまな絵や構図が収められており、北斎の多彩な才能を知ることができます。
実際の『北斎漫画』を見て楽しみたい方は、こちらの記事「【おすすめ5選】『北斎漫画』の無料閲覧・ダウンロードサイトを徹底比較」をご覧ください。
『北斎漫画』の漫画とは?
では、なぜこの作品が「漫画」と名付けられたのでしょうか。ここからは、『北斎漫画』がどのように現代の日本漫画とつながっているのかを紐解いていきます。
北斎が名付けた「漫画」の由来
『北斎漫画』が刊行された江戸時代、「漫画」という言葉はまだ一般的ではありませんでした。
初編の序文を手がけた尾張藩士の半州散人は、序文の中で「如夫題するに漫画を以てせるは翁のみづからいへるなり」と記しています。つまり「題を漫画としたのは翁(北斎)自らの発案によるものだ」というわけです。
では、なぜ北斎はこの画集に「漫画」と名付けたのでしょうか。本人の口から語られることはありませんでしたが、その意図をうかがい知るヒントは、当時広く使われていた「漫筆」という言葉にあります。
「漫画」は「漫筆」から生まれた?
「漫画」という言葉が世界で通用するまで普及したのに対し、「漫筆」は今ではほとんど使われなくなりました。
「漫」は、とりとめなく、そぞろにといった意味があります。「漫筆」は気の向くままにあれこれと書きつづること、つまりは随筆を意味しています。気の向くままでに書いたものが「漫筆」ならば、絵描きが気の向くままにスケッチしたものは「漫画」になります。

実は、「漫画」という言葉自体は北斎が初めて使ったわけではありません。すでに『北斎漫画』初編の刊行より15年ほど早く、山東京伝は1798(寛政10)年に風俗絵本『四時交加(しじのゆきかい)』の序文で、「気の向くままに描く」という意味で「漫画」という言葉を使用しています。
北斎は『北斎漫画』を手掛けるまで、本の挿絵を数多く担当し、その中には山東京伝の作品も含まれていました。
しかし、タイトルに「漫画」を冠し、それを広く認知させるほどのロングセラーに仕立てたのは北斎が初めてです。当時の「漫画」は今とは異なるものでしたが、「漫画」という言葉を人々に浸透させた最初の立役者が北斎なのです。
日本漫画史の中の『北斎漫画』
現代の漫画と同じようなニュアンスで「漫画」という言葉が登場したのは、明治時代に入ってからです。
1890(明治23)年に『時事新報』の紙面で、錦絵師の今泉一瓢がイタリア語の「カリカチュア」(ユーモアや風刺など誇張表現をしたイラスト)の訳語として「漫画」の言葉を使用したのが最初とされています。翌年には、彼は自らを「米国漫画士」と名乗り、七コマの漫画作品も発表しています。
『北斎漫画』が最後の十五編を刊行したのは1878(明治11)年です。この時代に『北斎漫画』は広く知られていたため、今泉がこの語を選んだ背景には、北斎の影響があった可能性も否定できません。
『北斎漫画』は日本の漫画のルーツ?
では、『北斎漫画』と現在の漫画はまったく無関係なのでしょうか。決してそんなことはありません。
日本の漫画のルーツをたどると、古くは鳥獣戯画に代表される戯画(笑いを誘う絵)に始まり、江戸時代の鳥羽絵本、そしてその発展形である『北斎漫画』へと続く流れがあります。
『北斎漫画』は当初こそ絵手本として売り出されましたが、「漫筆」由来であるスケッチ集としての「漫画」の粋を飛び出して、「戯画」の要素が非常に強い作品です。これは、明治以降の「カリカチュア」としての「漫画」(日本の漫画の源流である戯画と同じニュアンス)とも通じるものがあります。

北斎が漫画史で果たした役割
漫画という言葉が時代とともに意味を変えながら使われてきたように、漫画の表現形態も変化してきました。江戸時代までの戯画、明治・大正時代の風刺画やポンチ絵、そして昭和以降のコマ割りされたストーリー漫画へと、漫画は進化を続けています。
そんな中で北斎は、『北斎漫画』で戯画的な要素に独自の工夫を加えて、自由で多彩な表現を生み出しました。そこには過去から現在までの日本漫画の潮流を汲むような、戯画、風刺、物語性といったさまざまな要素が内包されています。
多くの絵師に影響を与え、のちの漫画文化への橋渡しを担った『北斎漫画』。その作風は、漫画的表現の先駆けとして、私たちの目を楽しませてくれるものばかりです。
『北斎漫画』の漫画的表現を見てみよう!
では、北斎が描いた「現代マンガ」につながるような表現には、どのようなものがあるのでしょうか。ここからは、実際の作品を通して、その魅力に迫っていきます。
鑑賞リスト
- ストーリーが見える滑稽な1枚絵(4編、15編)
- コマ割りと場面展開 ― 漫画の原点を感じさせる絵(8編、9編)
- 四コマ漫画を先取りする表現(11編)
- 紙の上で絵が動き出す ― アニメーション的表現(3編、8編、10編、12編)
ストーリーが見える滑稽な1枚絵
イラスト①
まずは、『北斎漫画』のなかで筆者が最も好きな絵を紹介します。
「狂画の編」と書かれていますが、狂画とは戯画のことです。とりわけこの絵では、誇張的な表現が際立っています。
「狂画の編」

右上は、巨大キノコに遭遇し、全身で驚いている男の図。その下には釣り竿で鯛を釣った恵比寿と、五穀豊穣の神様である大黒が、二本の巨大キノコと似た構図で人の前に歩み寄り、男がひれ伏しています。
「二本の巨大キノコ」と「二人の神様」の絵を並べることで、権威や信仰の対象がさまざまに置き換えられるおかしみ、あり得ない状況に置かれた人間の滑稽さ、といった風刺めいたニュアンスが絵のユーモアとともに伝わってきます。
さらにその左では、巨大な鯛と格闘したのか、魚をさばけず男が派手にひっくり返っています。「まな板の鯉」はなんのその、ここでも鯛と人の立場が逆転したような滑稽さが大迫力で伝わってきます。
「どこにでもであるキノコと神々の対比」、そして「料理される鯛と料理する人の対比」。この「狂画の編」では、それぞれの大きさや立場が逆転し、日常の場面をひっくり返すことで笑いを誘っているのだと筆者は解釈しました。
何より構図が奇抜で、いかにも漫画的です。思わず笑みを浮かべてしまうような、なんとも言えない味わいがあります。
イラスト②
つづいてこちらは、『北斎漫画』を紹介する際によく取り上げられている絵です。先ほどの誇張的な絵に対して、今でいうSF的な、あり得ない状況の空想世界が描かれています。
「浮腹巻」

右は「浮腹巻(うきはらまき)」と書かれているように、人々が腹に浮き袋を巻きつけて水に浮かぶ姿です。浮き具こそ今とは異なるものの、現代の浮き輪とそっくりな使われ方をしています。さらにそこから水中へ向かって、深く潜ったり、浮上したりと、多彩なポーズで遊泳する人たちが生き生きと描かれています。
とりわけユニークなのが左の絵です。大きな瓶のような容器に入って海中散策する人の姿が! サンゴ礁を鑑賞しているのでしょうか。さらに、衣服を脱いで水上に掲げながら器用に漂う男、ふんどし姿で馬に掴まり水中移動する男、竿づたいに深く潜っていく男…。
もはや、どんな状況でこうなったのかは説明不要な空想上の世界です。波の模様の描き込みも見事で、写実性も高い分、奇想天外さが際立って、発想力あふれる戯画の真骨頂といえる作品になっています。
コマ割りと場面展開 ― 漫画の原点を感じさせる絵
『北斎漫画』には、コマ枠を用いた絵も数多くあります。さっそく見ていきましょう。
イラスト③
こちらの絵は、孝行が特に優れた人物24人を取り上げた中国の書物『二十四孝』の24人・24場面を、24のコマ枠を使って4ページにわたって描いています。
『二十四孝』4ページ、24コマ

イラスト④
『北斎漫画』の紹介で最もよく見かけるコマ枠の絵は、こちらの「人の表情」を描いたものですが、他にも手の動きから風景まで、さまざまなパターンが存在します。
「人の顔」2ページ、24コマ

イラスト⑤
コマ枠こそありませんが、テーマに沿って場面を順に描くことで、ストーリーになった絵も少なくありません。
こちらは「士卒英気養図」と題されたもので、小太りな兵士の日常を4ページにわたって描いています。士卒は兵士のことで、戦(いくさ)の前に英気を養う場面です。
「士卒英気養図」

1ページ目では、兵士がたらいで洗った着物を干し、さらにそのたらいで行水を楽しみます。続いて2ページ目では、桶で汲んだ水で米をとぎ、かまどでご飯を炊き、酒を用意しながら料理に取りかかります。少しわかりにくいですが、ここには2人の兵士が描かれています。
2人が食事でしっかり英気を養ったあと、3ページ目からは鎧に着替え始めます。束の間のくつろぎから戦へと、ようやく兵士らしい場面になったと思いきや、どこか緊張感のない、のんびりした着替えシーンです。
「出陣勇勢之図」

そしていざ出陣かと思いきや、2人は戦場で戦う兵士ではなく、ほら貝と太鼓の担当だったことが最後のページで明かされます。まさに漫画のような、拍子抜けのオチまでついています。
イラスト⑥
この九編は、他にも合戦のさまざまな場面が描かれています。タテに見せる絵もあれば、横に広がる絵もあり。北斎の絵はどれも構図が美しく、戦のシーン1つとっても漫画的な構図が目を引きます。
戦の場面 見開き3ページ

四コマ漫画を先取りする表現
これまで見てきたのは、コマ割りの絵や、コマなしで場面を展開させる絵でした。ここからはさらに進化して、いわゆる「〇コマ漫画」や「ストーリー漫画」のように、コマ割りと場面展開を組み合わせた表現を紹介します。
イラスト⑦
こちらの絵は、狩猟をテーマに、「1.猟で使う道具の図解」「2.猟の対象となる鳥たち」「3.火縄銃を構える猟師」が順に描かれています。
狩猟の道具と鳥を捕らえる場面

場面を追うごとに、少しずつ状況が見えてくる描き方が特徴で、実はまだ物語の序章にすぎません。次のページをめくると――。
人の数が増え、場面は一気にスケールアップします。右の絵には「猛獣を伐(うつ)之図」とあり、鳥を仕留めるのと同じ銃で、今度は猛獣を狙おうというのです。
「猛獣を伐(うつ)之図」「海魔(かいま)」「蛮国の猟人 大鳥を伐(うつ)之図」

まだ状況を飲み込めないまま左を見ると、左上には「海魔(かいま)」が砲弾を受けた図。さらに左下には「蛮国の猟人 大鳥を伐(うつ)之図」として、松の木に身を隠した猟師が、巨大なガチョウに銃口を向ける場面が描かれています。
そして次のページをめくると――。ここで読者はようやく、この絵が「ストーリー漫画」として構成されていることに気づきます。
「似(にせ)西洋銃 海魔伐(うつ)」「引縄(ひきなわ)」

「似(にせ)西洋銃 海魔伐(うつ)」。先ほど海魔に砲弾が命中していた場面は、じつは普通の火縄銃ではなく、この西洋式の大砲によるものだったのです。
さらに下段には「引縄(ひきなわ)」の仕掛けが描かれています。そして左下には、その縄か矢によって巨大ガチョウが羽を広げ、草むらに崩れ落ちる姿があります。
「猛獣を伐(うつ)之図」の猟人と銃は何だったのか――。最後に猛獣を倒した顛末がそれぞれ明かされたところで、このページの構成をあらためて整理します。
すると、上段と下段でそれぞれ3コマ漫画になっていることがわかります。

上段の3コマは「海魔退治」の場面です。そして下段の3コマは「巨大ガチョウ退治」の場面です。
つまり、このページ全体は上下に二つの3コマ漫画を並べた構成になっており、しかも「海魔」と「大ガチョウ」という二種類の怪物退治を、武器の性能紹介のように描き分けているのです。
コマの展開の仕方がかなりユニークですが、まさに現代の四コマ漫画を彷彿とさせる興味深い表現です。
紙の上で絵が動き出す ― アニメーション的表現
最後に、『北斎漫画』を語るうえで欠かせない、絵を動かすような表現を取り上げます。北斎といえば『冨嶽三十六景』の「神奈川沖浪裏」(波の絵)に象徴されるように、動きそのものを描き出す巧みさで知られています。
イラスト⑧
その一端を示すのが、『北斎漫画』でも特に有名な「雀踊り」の絵です。ここには舞踊の振り付けが連続したポーズとして描かれており、ひとつひとつをつなげて見ると、非常になめらかな動きになると言われています。まるでアニメーションやパラパラ漫画の原型を思わせる表現です。
雀踊り

イラスト⑨
『北斎漫画』には、思わず突っ込まずにいられない奇妙なポーズが数多く登場します。こちらはその一例ですが、何を描いた絵だか首をかしげてしまいます。
左側には、尻相撲や鼻相撲を思わせるような、縄を使った力比べの様子が見られます。右上の男は「狂画の編」で巨大キノコに遭遇した男と似ているような…。右から左へ進むにつれて動きが激しくなり、もはや身体芸に近いものになっています。
「無礼講」

この絵には「無礼講」という題が付けられています。無礼講とは、地位や身分の上下を取り払い、誰もが自由に楽しむ宴会のこと。よく見ると、皆ふんどし姿ながら烏帽子をかぶっており、身分の高い人であることがうかがえます。
さらに研究者によれば、この絵は運動における人体の筋肉の動きを紹介したものだそうです。それをユーモアあふれる絵に昇華させてしまうのが、絵手本にとどまらない『北斎漫画』の魅力です。北斎はこれらの多彩なポーズを想像で描いたのか、誰かが実際に試してみせたのか、想像がふくらみます。
イラスト⑩
こちらの絵は、先ほどのように人が自ら体を動かすのとは対照的に、人々が突風にあおられ、なすすべもなく翻弄される様子が滑稽に描かれています。

紙の束が宙に舞い、布が顔にかぶさって前が見えなくなり、傘までも吹き飛んでいく。どれも大げさに描かれていながら、「あるある!」と思わず共感してしまうような説得力があります。
特に注目したいのは、左上で風に舞い上がる布(あるいは巻物)が、コマの枠を突き抜けるように描かれている点です。「枠外に飛び出す」構図は、強烈な躍動感を生み出すと同時に、現代漫画の表現を先取りしたような既視感を抱かせます。
イラスト⑪
最後に紹介するのは、少し趣向を変えた「キャラクター的な表現」です。

頭が真っすぐ天へ伸びた「長頭」、足が六丈(およそ18メートル)にも及ぶ「六丈」、そして頭から火花を散らす「自然火」…。どれも人間離れした姿が面白おかしく描かれています。
とりわけ「自然火」は、アイデアがひらめいた瞬間の「電球マーク」を連想させる、現代漫画のような表現です。いずれも実際には存在しないけれど、絵だからこそニュアンスが一瞬で伝わる拡張的な表現で、北斎の目に見えない部分まで描く洞察力や発想力の豊かさを感じます。
ここまで、全十五編の中から九編分(1,3,4,8,9,10,11,12,15の編)の見開き18枚の絵を見てきました。とくに後半へ進むほど、より滑稽さが浮き彫りになっています。
1枚の絵から物語が立ち上がり、コマ割りや動きの工夫からは現代の漫画やアニメーションを思わせる表現も見ることができます。
ここで取り上げたのは、ほんの一部にすぎません。他にも歴史や伝説の人物から、妖怪・幽霊、そしてユーモラスな人物描写まで、その多彩さは圧倒的です。ぜひ、ひとりひとりの視点でページをめくりながら、北斎が描き出した豊かな世界を鑑賞してみてください。
まとめと補足情報
『北斎漫画』は、欧米では『hokusai sketch』や『hokusai manga』と訳されています。しかし実際には見たものを写し取ったスケッチの域を超え、絵そのものから独自の世界観やストーリーが立ち上がる、魅力あふれる作品の集合体となっています。
今回解説記事を書くにあたって、底本は「国立国会図書館デジタルコレクション」の明治11年刊行『北斎漫画』全十五編(江戸時代の版と同じもの)を使用しています。そして絵の解説は、広く知られている解釈もふまえながら、自分なりに絵を鑑賞して独自の解釈を加えました。
全体をとおして、とくに『北斎漫画』の漫画に関する知識や考察については、清水勲『北斎漫画 日本マンガの原点』(平凡社新書)を参考にしています。
実際に作品を見たり、気に入った絵の画像をダウンロードして使用したいといった方は、ぜひこちらの記事「【おすすめ5選】『北斎漫画』の無料閲覧・ダウンロードサイトを徹底比較」をご覧ください。
最後に、筆者は『北斎漫画』のように著作権の保護期間が満了したパブリックドメイン作品を活用した二次創作をしています。ぜひ、あわせてご覧ください。
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