【初編②】旅の一日目後半<神奈川宿~戸塚宿>

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十返舎一九著『東海道中膝栗毛』のあらすじを現代語訳でたどる「原作ダイジェスト」をお届けします。
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このページで紹介する<神奈川宿~戸塚宿編>では、東海道中をゆく弥次さんと喜多さんが、現横浜市内の3つの宿場を順にたどって戸塚宿で宿泊します。

主人公

弥次
弥次
弥次郎兵衛(やじろべえ)
通称 弥次さん。旅の出発時点で、数え年の50歳(満49歳)。
妻を亡くした独り者で、能楽もの(なまけ遊んで暮らしている人)。旅先では次々と騒動を起こして失敗が尽きないが、口達者で洒落っ気があり、会話の中にたびたび教養をのぞかせる。
喜多
喜多
喜多八(きたはち)
通称 喜多さん。旅の出発時点で、数え年の30歳(満29歳)。
弥次さんの居候で、一緒に旅に出ることに。弥次さんの強烈なキャラクターと比較するとやや控えめだが、こちらも負けず劣らず失敗の尽きない人物で、似た者同士である。喧嘩っ早く口は悪いが、男前。
『東海道中膝栗毛』初編②
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海を望む台町の茶屋へ

神奈川宿台町に残る老舗料亭の1つ田中家
台町に残る老舗料亭の1つ田中家

神奈川宿(東海道三番目の宿場町)の外れで馬を降り、再び街道を歩きだした弥次さんと喜多さんは、<金川かながわの台(=神奈川宿の台町、現神奈川県横浜市神奈川区台町)>にたどり着きました。

ここは山道の海側に座敷二階造の茶屋が連なり、桟敷さじきからは波打ち際の景色が遠くまで望めます。2人は酒でも飲んで元気を付けようと、目の前の茶屋に入ってまたもや店の娘に目を付けます。

弥次
弥次

きた八見さっし、美しい太へもん(=美女)だ

喜多
喜多

ハハアいかさま、いい娘だ。時になにがある

酒のさかなを尋ねて注文を終えた喜多さんに、前だれを付けた美人娘は「おまちどうさまでした」とおちょことさかずき、塩焼きのあじを差し出します。

弥次
弥次

おめえのやいあじならうまかろう

弥次さんの含みのある物言いに娘はフフンと笑いながら去っていき、魚を裏返した弥次さんはあることに気づきます。

弥次
弥次

北八見さっし。この魚はちと、ござった(=腐った)目もとだ。

(一首)「ござったと 見ゆる目もとの お魚は さては娘が 焼きくさった(=焼き・嫉妬しやがった)か」

喜多
喜多

(一首)「うまそう(=美しそう)に 見ゆる娘に 油断すなき やつがやいたる あぢ(=味、鯵)の悪さに」

いい娘だからと味(鯵)がよいとは限らない――。こうして美しい娘と味の微妙な鯵を酒の肴に、歌を詠み合って茶屋をあとにする弥次さんと喜多さんでした。

無銭旅の小僧2人と愉快な旅路

神奈川台の関門跡
台町外れの関門跡。ここから下り坂に

茶屋を出て、旅の気軽さから道草をしつつ浮かれて楽しく会話をしているうちに、神奈川宿の外れに差し掛かりました。

そこへ「抜け参り」(親や主人の許しを得ないで勝手に伊勢参りに行くこと。当時流行し、旅の者からは施され、家の者からは黙認されていた)の道中である十二三歳ほどの小僧が後ろを歩いてきます。

イセ参(小僧)
イセ参(小僧)

だんなさま、いち文くれさい

弥次
弥次

やろうとも。手めえどこだ

イセ参(小僧)
イセ参(小僧)

わしらァ奥州おうしゅうかさかいてあり申す

弥次
弥次

奥州信夫郡(※現福島県)幡山村長松、ムムはた山か。おいらも手めえたちのほうに居たもんだ(※嘘)。はた山の与次郎兵へどのは達者でいるか

ここから即興で思いついた架空の人物(もちろん幡山はたやまの与次郎兵も架空の人物)を次々と登場させて、村のことをいかにもよく知っているそぶりで作り話を続ける弥次さんに、小僧も話を合わせて風変りな会話を弾ませていきます。

弥次
弥次

今じゃァなんと言うか知らねえが、おいらがいた時分は、名主なぬしどのは、熊野伝三郎といってな、そのかみさま(=妻)が、内(=家)に飼っておいた馬と色事いろごとをして、逃げたっけがどふした(どうしたか)知らん

イセ参(小僧)
イセ参(小僧)

それよさァ、よく知っていめさる(=いなさる)。庄やどんのおかっさまァ(=熊野伝三郎の妻、もちろん架空)、内(=家)の馬右ェ門うまえもんという男とつっぱしり(=駆け落ちし)申た

喜多
喜多

イヤ妙々みょうみょう

ここで腹が減ってどうにもならないと言う小僧(名は長松と笠で判明)に餅を買ってあげて一緒に食べていると、一緒に伊勢参りに向かう別の小僧が「おーいおーい長松」とやって来て餅をせがみます。

ツレ(小僧2)
ツレ(小僧2)

う主やァ餅よヲ、おれにもくれさい

イセ参(小僧)
イセ参(小僧)

先へゆく人に買ってもらえ。あんでもあの衆(=弥次さん)が、(おらの)国さァの話をするを、ヲイヲイと言っていると、じきに買ってくんさるはちャァ

弥次さんが今来た小僧の住む村をもとにまた架空の人物を持ち出し話をしようとすると、小僧はそうはさせまいと「先に餅を買ってくれさい」と先手を打つものだから、そのやりとりを面白がって大笑いする弥次さんと喜多さんでした。

保土ヶ谷宿に旅雀は泊まらず

保土ヶ谷宿の旅籠本金子屋跡
旅籠本金子屋跡

小僧相手に笑いながら歩いているうちに、東海道四番目の宿場町<程ケ谷ほどがやの駅(=保土ヶ谷宿、現横浜市保土ヶ谷区)>にやって来ました。

ここは道の両側に宿屋が立ち並び、宿引きの女(留女とめおんなという)がお面をかぶったように顔に白粉おしろいを塗りたてて、旅雀たびすずめ餌鳥おとりをしています。

とめ女
とめ女

馬士まごどんお泊りかな

馬士
馬士

イヤ旦那は武蔵屋だが、おまえの顔を見たら、ソレこの畜生ちくしょうめが泊まりたがらァ。ソレソレ

――男は顔を見て去って行き、留女はめげずに次の通行人へ

とめ女
とめ女

もしお泊りかへ

旅人
旅人

コレ手がもげらァ

とめ女
とめ女

手はもげてもようございます。お泊りなさいませ

旅人
旅人

馬鹿ァ言え。手がなくちゃァおまんま(=めし)が食はれねえ

こうして留女が道ゆく旅人に次々と声を掛けるも、女の顔を見ては立ち去られ、引き留めようとすれば皆こぞって宿泊を断ります。

弥次さんと喜多さんはその様子を面白がって眺めつつ、やはり宿泊は次の宿場でするつもりで通り過ぎていきました。

戸塚宿で親子を装い宿泊を画策

JR戸塚駅より東海道の戸塚宿を望む
JR戸塚駅より東海道の戸塚宿を望む

日が西の山に近づいてきたので、次の宿場(東海道五番目の宿場町)<戸塚の駅(=戸塚宿、現横浜市戸塚区)>で宿泊しようと道を急ぎつつ、弥次さんはふと名案を思いつきます。

弥次
弥次

コレ喜多や、待たっせえ。話があらァ。なんでも道中(の旅籠)は飯盛めしもり(=飯売女)をすすめてうるせえから、ここにひとつはかりごと(=計画)がある

弥次
弥次

おいらは親仁おやぢなり ぬし(=お前さん)やァ廿代はたちだい(=20代)と言うもんだから、親子といっても、いいくらいだによって、これからとまりとまり(=泊まる宿)では、なんと、親子のぶん(=つもり)に、しようじゃァねえか

自分たちは親子といってもいいくらいの年の差だから、飯盛女で余計な金を使わないように、宿では父親と息子を演じようというわけです。

喜多
喜多

ヲヲこれは妙だ。なるほどそれじゃァ、(宿も飯盛女を)すすめねえでいい。そんならおとっさんと言うのか

弥次
弥次

そうさ。貴様きさま諸事しょじを息子きどりだが、承知之助しょうちのすけ(=心得た)か

喜多
喜多

よしよし。そう言って又、いいたぼ(=いい女)でもあったら、この息子をだしぬくめえよ

弥次
弥次

エエばかァ言わっし。ヲヤもふ戸塚だ。笹屋にしようか

こうして親子を装い宿泊すると決まったものの、いざ戸塚宿に着いてみると、今晩は大名が滞在中ですべての宿が割り当てられて、泊まれる部屋がありません。

大いに困った弥次さんと喜多さんは、宿を求めてさまよいながら、宿場の外れまでやって来ました。

本日店開きの旅籠屋に宿泊

戸塚宿の外れ「大坂下停留所」
大坂下停留所辺りが戸塚宿の外れにあたる

宿場の外れにまだ新しい旅籠屋があるのを見つけた弥次さんと喜多さんは、「わしらを泊めてくんなせえ」と宿の亭主に頼みます。するとここは本日新築開業したばかりでまだ届け出をしていないため、大名の割り当てもなく、2人が初めての客だということです。

亭主
亭主

お心おきなく、召し上がって下さりませ

お祝いにと亭主が2人にお酒を無料サービスしてくれたので、弥次さんと喜多さんは遠慮なく座敷で酒を飲み交わします。

喜多
喜多

アァいい酒だ。時にさかなは、ハハァかまぼこも(上等な)白板しらいただ。さめじゃァあんめえ。漬生姜つけしょうがに車海老、野暮じやァねえ。コウ(=コレ)とっさん、この紫蘇しその実(の塩漬け)がいっち(=一番)うめえ。おめえはこればっかり食いなせえ

弥次
弥次

ばかァいえ。そりゃァあとへ残るに決まったもんだ。時にもう、吸ものが出そうなものだ

女が替えの銚子を持ってくる頃には2人とも酒がまわって、親子の挨拶がめちゃくちゃになっていました。

喜多
喜多

コウ(=コレ)あねさん、ちっとあい(=酒の相手)をしてくんな

女

わたくしはいっこう(=少しも)食べ(=飲め)ませぬ

喜多
喜多

はてさコレ、そう言わずと、そして今夜おめえと、ちょっとナ、これが固め(=夫婦固め)のさかずき

肝をつぶす女になおも喜多さんは「コレ女中、のちに頼みます」と言って”父親”を前にしてしなだれかかってくるものだから、女はあきれて逃げ出してしまいます。

弥次
弥次

コウ(=コレ)貴様ァわりい男だ。女の前で、あんなことを言うなえ

喜多
喜多

ナゼ言っちゃァわりいか。わるかァ言うめえ。おらァアノ太えもん(=いい女)めが、おかしな目つきをするので、もう親子の縁が切りたくなった

親子のふりをしたがために女に取り合ってもらえず、一人寝の枕さみしく寝床に入る弥次さんと喜多さんでした。

しかしやがて酔いが覚めると、女を買って散財しなくて良かったと思い直して、夜中にふと笑い出します。

やがて夜明けの鐘の音と馬の鳴き声(ヒインヒイン)と馬のの音(ブウブウブウ)が聞こえてきて、朝がきました。

続いて2人は藤沢宿へ

📖本の基本情報

『道中膝栗毛 8編続12編 [1]』国立国会図書館デジタルコレクションより
<原作>
書 名
 『東海道中膝栗毛』
あらすじ箇所 『東海道中膝栗毛 初編』(当初の初編タイトルは浮世道中膝栗毛
著 者 十返舎一九
版 元 村田屋治郎兵衛(栄邑えいゆう堂)
初版刊行年 1802(享和2)年
ジャンル 滑稽本(笑いを目的にした大衆小説)
内 容 弥次さんと喜多さんがお伊勢参りを経て京都・大阪を旅する全八編のシリーズ作品。初編は江戸を出発し、箱根までの珍道中を描いている。

参考文献

●十返舎一九 作、麻生磯次 校注『東海道中膝栗毛(上)』初版1973年(岩波文庫 黄227-1)
●十返舎一九 作、平野日出雄 訳『東海道中膝栗毛【現代訳】第一部 品川~新居』1994年(十返舎一九の会制作、静岡出版発行)

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