式亭三馬『浮世風呂』
前編(男湯の巻)②の主な登場人物

ぶた七
ヨイヨイという病(手足がしびれたり、口舌がもつれたりする病気の俗称)を持つ30歳すぎの男。原作では通称「よいよい」。

▲(男)
鬢切りかかあ束ね(下層男性の間で流行していた髪型)の20代前半の男。朝帰りで、紅の付いた手ぬぐいを持っている。原作では名無しで、この男の場面や会話は▲の記号で表される。

●(男)
帯と下駄がトレードマークの20歳あまりの男。口が悪いが人情もある。原作では名無しで、この男の場面や会話は●の記号で表される。

湯屋の番頭
銭湯「浮世風呂」の番台に座り、入浴客一人ひとりに「お早うござります」と声を掛ける。唯一全編とおして登場する人物だが、脇役である。
現代語訳
前回のあらすじ
朝の開店前から湯屋の前で待機する3人の男たち。自然と会話が始まる中、誰かの踏み跡がある犬の糞を見て、よいよい病のぶた七が「俺が踏んだ」と名乗り出る。

おやふだ(=俺が踏んだ)

おめえ踏んだか。なんの踏まずともな事だ(=なにも踏まなくていいのに)。それが本当の余計だぜ

よよ、よけでも踏たかや(=避けても踏んだから)、したたね(=仕方がない)ねねななた。ココ、下駄たたたってた、たたたらた(※意味不明)

何を言うか根っからわからねぇ。コウおめえの病気も困ったもんだぜ。まだ良くねえか

なな、なに、最良、最良(=まったく問題ないよ)。でで大丈夫だ、大丈夫だ。ここ、此通(=この通り)だ。 そ、その、の、の、此通、大丈夫だァ
口舌がもつれながら大丈夫だと宣言し、足を踏みしめて見せようとしたが、うまくいかずよろけそうになったので、再び足に力を入れて踏ん張りながら――

コ、コ、此様だ、こんなだ。足や大丈夫だ。此間(=この間)も本所(=現墨田区の地名)の伯母さん伯母たんの方に、火火火事だった。駆けてったァ。働えたぁ、働えたぁ。おもたま働えたァ。伯母たん誉めた、伯母たん誉たァ
この間の火事で火消しに駆け付けて叔母さんに褒められたと、「だから、ふらつく足も大丈夫だ」と言うぶた七に、先ほどまで「わさびおろしのツラ」だの「魚のカナガシラ以上にひどいツラ」だの口が悪かった下駄ばき男(●)が一転、彼の話に丁寧に耳を傾ける。

(伯母さんは)何言って誉めァ(=何て言って褒めたのか)

えぇ、大丈夫だって、大丈夫だって。それじゃあ讃岐の金毘羅様へ、金毘羅様へ、お礼参に行か、行かァ、行かでえって
もはや伯母さんからは褒められるより励まされ、まわりも神頼みな状況に、手ぬぐい持ちの男(▲)も口を挟む。

堀の内さま(=杉並区堀ノ内の妙法寺)を信心さっしゃれ(=しなさい)。まだまだ本当じゃァねぇ。危ねえもんだ

堀の内たま、おはい御符いたでた(=お張御符をいただいた)。有難てぇ。たたたて(=この間の)やたちただち(※言葉不明)。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経とって(=と言って)、お題目、三百遍、三百遍、とねた(=唱えた)
すでに妙法寺への参拝は済ませ、お張御符(病人が家の壁に貼って神仏の加護や除災を願うお守り)も貰い、南無妙法蓮華経のお題目を三百遍唱えたという信心深いぶた七。しかし――

お題目を三百遍じゃ少ねえ

あたあた、朝飯前だ。お題目、空心、かやぱでなくたァ(=朝飯前の空腹時に唱えるのでなければ)効かねてた(=効かぬと言うた)。おだァ(=おらが)お袋は、俺ぇ、俺ぇ(=俺を)、可愛がるから良い。浅草の伯父たん、俺ぇ、悪悪がって坊主になで、坊主になで、坊主になでてはァ(=坊主になれと言う)
お題目に熱心なぶた七を可愛がってくれるお袋に対して、浅草の伯父さんはそれを憎がって坊主になれと言う。

坊主の方が良かろう。伯父御の異見につくが良い(=意見に従うがいい)

ナニナニ、お袋、お袋、お袋(が)合点しねぇ。おで、おツつけ、花聟、花聟(=花婿)だァ。 たまねぇ、たまねぇ(=たまらねぇ)。れこだァ、れこだァ、れれ、れこだァ
※「れこ」は「これ」の逆さ言葉で、ぶた七が刀をさす真似をして言ったセリフである。歌舞伎「道行旅路の花聟」か何かのセリフだろうか。

お侍になるのか

両刀(=二刀流)だァ、両刀だァ。たまねぇ、たまねぇ(=たまらねぇ)。コ、コ、足は此通(=この通り)、大、大、大丈夫だァ、大丈夫だァ
と、どぶ板の上でふらつく足を二回三回と踏みしめながら「大丈夫だァ」と言い放つぶた七。ここまで「足は大丈夫だ」を主張したいがために、家事の火消し話から三百遍のお題目を唱える話まで、次々と話を展開していくぶた七だったが、この話の発端は犬の糞を踏んだことである。
すると「大丈夫だァ」と足を踏みしめた拍子に、番頭が湯屋の大戸を内側から開く。その勢いでぶた七の足が途端にふらつき、大戸に向かって倒れそうになる。結局踏みとどまれずに、戸が大きく開くと同時に湯屋の内側へどっさり倒れて――

アァ、危ねぇ、危ねぇ
戸を開けた湯屋の番頭は肝を潰して飛び退き、二人の男と一緒にぶた七を抱き起こそうとする。「よいよい」は仰向けに寝転んだまま、目をぎろぎろさせて人の顔ばかり見ている。

どこも怪我はしなさんねぇか

それ見さっし。言う口の下から転んだァ

アハハハハハ

な、な、何、大丈夫だ、大丈夫だ。イヒヒ、イヒヒ、イヒヒヒ、ヒヒヒ
とぶた七は負け惜しみで苦笑いをして起き上がる。

どなたもお早うござります

アイ

ひどく朝寝だの

アイ、夕べは夜を更かしました

怪しいぜ番頭

吉原俄へでも行ったろう

へへへへへ、それなら良いけれども
そう言って、番頭は敷き布で銭箱の上をはたきながら(もしくは開店の儀式として銭箱を叩きながら?)番台に座る。
本の基本情報
<原作>
書 名 『諢話浮世風呂』
該当箇所 前編 巻之上
著 者 式亭三馬
初版刊行年 1809(文化6)年
ジャンル 滑稽本(笑いを目的にした大衆小説)
<底本>
●『新日本古典文学大系86 浮世風呂 戯場粋言幕の外 大千世界楽屋探』1989年、岩波書店
<参考文献>
●『新日本古典文学大系86 浮世風呂 戯場粋言幕の外 大千世界楽屋探』1989年、岩波書店
●磐城まんぢう 訳『式亭三馬 諢話 浮世風呂』2023年、宝虫プロダクション
関連ページ
●【解説】式亭三馬の代表作『浮世風呂』『浮世床』とは? 作品概要から作者経歴まで
● 【現代語訳・解説】式亭三馬『浮世風呂』リンク一覧
●【解説】『東海道中膝栗毛』とは? 旅のルートから作者まで本の要点総まとめ
●【現代語訳・解説】十返舎一九『東海道中膝栗毛』リンク一覧
●【パブリックドメインの活用法】著作権切れの書物や浮世絵画像の入手方法と使用のルール
総合ページに戻る